展覧会会場は「ゴンゾ・パーク」と呼ばれる、研究施設を備えたパークとなっている。ここでは、来場者がコンタクトゴンゾの動きを体験することが中心となる。このパークは1階と地下、そして会場全体を見渡せる3階の展望エリアの3つのフロアから構成されている。
暗い通路を通って会場に入ると、周囲をフェンスで囲まれた広い空間が目の前に広がる。空間の中央には、3つの木造の建屋が手前から奥に向かって一列に並んで建ち、一番手前の建屋には、天井から雨が降り注いでいる。その周囲ではロボット掃除機が徘徊している。3つの建屋の中には、それぞれ身体を使った異なる体験が用意されている。手前の建屋では、床に横たわって胸に石を乗せる。中央の建屋では、床から約30センチの高さに張られた一本のチェーンの上に、サーフィンをするかのように乗る。そして、奥の建屋では、ピッチングマシンから飛んでくるボールを体で受ける。これら3つの体験は、コンタクトゴンゾの過去のパフォーマンスをもとに、その動きや身体への負荷を来場者が追体験できるようにデザインされたものだ。
コンタクトゴンゾのパフォーマンスでは相手を殴る、殴られるという行為がよく見られる。このとき生じる身体への衝撃をピッチングマシンから飛んでくるボールを受けることによって感じることができる。また同様に、チェーンの上に乗る、石を身体に乗せるという行為も、コンタクトゴンゾの相手に乗る、乗られるという動きや身体の負荷に由来している。痛みや重みを感じること、重力や速度、不安定なものを乗りこなすこと、これらはコンタクトゴンゾの身体表現の中で重要な要素である。それを体験できるこの装置を「エピライダー」と呼んでいる。「エピ epi」は「後天的な」という意味で、親や祖先から受け継いできた経験を乗りこなすという意味が込められている。
また、エピライダー体験している様子は建屋の外側の壁面やスクリーンにリアルタイムで映し出され、他の来場者の目にさらされる。さらに、3階の展望エリアに上がれば、その様子を俯瞰することもできる。ここでは体験者がパフォーマーになり、来場者の中で観る/観られるという関係性が生まれる。ここでエピライダーは、コンタクトゴンゾが不在であっても、会場内に彼らの動きが生成される装置として機能している。
こうしたコンタクトゴンゾの身体表現を来場者は体験するだけではない。本展ではさらに、その生物学的意味について考えている。この体験が私たちの遺伝情報に影響を与えるのかどうか、パーク内に設置されたバイオラボでYCAMバイオ・リサーチのメンバーが調べているのである。具体的には、会期中YCAMバイオ・リサーチのメンバー3人がエピライダーを体験し続け、定期的に唾液を採取してそこから呼んだDNAを含む遺伝情報から、その変化を観察している。この実験は「エピジェネティクス」と呼ばれる遺伝学の研究領域を拠り所としている。
これまで、身体を形作る設計図として機能するDNAは基本的にその情報を変化させずに親から子へ伝えられ、親が経験したことはそこには反映されないと考えられてきた。しかし、運動や環境の変化などの経験が遺伝情報に影響を与える可能性が最新の研究から少しずつわかってきた。こうした研究をベースとして、本展では検証する実験に取り組んでいるのだが、津田が本号別稿(19頁)で書いている通り、この展覧会中に遺伝情報に変化があったとしても、エピライダーの体験の影響と断定することはできない。しかし、結論を導き出すこと自体が本作の目的ではない。エピライダーの体験とその科学的検証が同じ会場内で行われ、その解析過程が開示されることによって、ここで自身の身体を使って体験したことが子孫たちにも影響を与えるかもしれないという、個体を超えた連なりへと私たちの想像力をを喚起させるのだ。